経営・ビジネス
2023.11.01
「ソードアート・オンライン」編集者、三木一馬がソラジマに出資した理由。
いまマンガコンテンツビジネスに、大きな地殻変動が起ころうとしている。
その震源地となっているのが、「Webtoon(ウェブトゥーン)」。
このグローバルトレンドを捉え、2021年8月、本格参入を果たしたのがソラジマだ。
参入と同時にリリースした『婚約を破棄された悪役令嬢は荒野に生きる。』は、漫画アプリcomico(コミコ)にて公開1週間でデイリーランキング&女性人気ランキングNo.1を獲得。さらに2021年12月には資金調達も実施し、2022年には26作品の連載を目指す”アルファベットプロジェクト”を公表した。
Webtoonが秘める可能性とは。そして、いま編集者としてWebtoonに携わるおもしろさとは。
今回は同テーマを議題に、ソラジマへの出資者の一人であり、『ソードアート・オンライン』(著/川原 礫)『灼眼のシャナ』(著/高橋弥七郎)『とある魔術の禁書目録』(著/鎌池和馬。以上すべて電撃文庫刊)など数々のヒットタイトルを世に送り出してきた、編集者・三木一馬氏をお招きし、ソラジマ共同代表の萩原鼓十郎・前田儒郎との座談会を行った。
Webtoonは、未知数な市場ポテンシャルを秘めている
三木さんが代表取締役を務める「ストレートエッジ」では、ライトノベルの作家さんを中心としたマネジメントを手がけられています。そうしたなか、三木さんが書かれたnoteを拝見し、いまものすごい勢いでWebtoon作品を制作されていて、事業としてかなり力を入れていると感じました。ここにはどういった背景があるのでしょうか?
三木:
僕らは作家さんのマネジメントと同時に、マンガ化やアニメ化、ゲーム化など、ライトノベルをもとにしたメディアミックスのプロデュースも行っています。
最近ではそういった従来のメディアとは別に、Webtoon化の話がかなり挙がってくるようになったんですよね。
僕もはじめはマンガの一つのジャンルくらいの認識だったのですが、よく調べてみると読む人の属性もその楽しみ方も全く違う。従来のモノクロマンガとは一線を画した、新しいメディアだということがわかりました。
これまで届かなかった層にもリーチできる可能性のある魅力的な市場があり、まだそれほど多くの企業が参入できていない。そのなかで、僕らもここでプレイヤーとして戦いたいと思いました。
三木一馬さん | 株式会社ストレートエッジ代表取締役 / 編集者
上智大学理工学部を卒業後、株式会社メディアワークス(現:KADOKAWA)に入社。「電撃文庫」編集部に配属され、主にライトノベルの編集者として『ソードアート・オンライン(川原礫)』『灼眼のシャナ(高橋弥七郎)』『とある魔術の禁書目録(鎌池和馬)』など、大ヒット作品を世に送り出す。2016年、KADOKAWAを退社後、株式会社ストレートエッジを創立。手がけたライトノベル作品の累計発行部数は8000万部超(2021年7月時点)を誇る。
具体的に、従来のマンガとWebtoonはどういう違いがあるのでしょうか?
三木:
まず読者の属性でいうと、Webtoonって現状、メインとなるのは普段からよくマンガを読んでいる"マンガ読み"の人ではないんですよね。
もっとライトなスマホ世代の人が、スキマ時間にスマホでゲームをしたり、ニュースを読んだり、誰かにメッセージをしたりするのと近しい感覚で、読まれている媒体だと思っています。
もう一つ、”読む技術”を必要としないのも大きな特徴ですね。
そもそもマンガを読むのって、実は”読む技術”が必要なんです。たとえばブラジルに行って、サッカーボールで遊んでいるたくさんの子供に日本のマンガを見せたら、あの特有の『右上から左下にZで読む』ルールがわからなくて、読めないと思うんですよね。
その点Webtoonはスマホにフィットしたかたちで、つまりは上から下に読めばいいから、迷わずに誰でも読める。読み方が統一化されているフォーマットなので、翻訳すれば、世界のどこでも展開することができます。
グローバルに出やすく、従来のマンガ読みの人以外に刺さるコンテンツのため、未知数な市場ポテンシャルがあると考えています。
2022年は、Webtoonの大きな転換点になる
とくに日本ではまだまだWebtoonは、認知されはじめたばかりのフェーズだと思うのですが、これからどのようになっていくと捉えられていますか?
三木:
2022年が一つの転換点になると思っています。
というのも、僕自身が確認した事実として、2022年にあらゆる出版社がWebtoonに参入するんですよね。ここから数年で、いまのWebtoonの状況が、大きく変わり始めていくと考えています。
Webtoonの現状を抑えておくと、まだ文化として浅いところもあり、超大作と呼べるような壮大なロングスパンで勝負するような作品は生まれていません。
従来のマンガは長く深く愛される物語であったり、ショートネタに特化した作品であったり、宇宙海賊ものやコアなオタク向けの話など非常に多様性に飛んだ作品があります。一方でいまWebtoonの作品がつくられているのは、限られたジャンルのなかだけなんですよね。
そうした前提を踏まえて、まず2022年以降に待ち受けているのが、レッドオーシャン化です。実はこれが多様性の第一歩になると思っていて。
具体的にお話すると、まずいろんな会社が入り、いまウケているテンプレ的な作品をつくりまくってレッドオーシャン化する。そうして市場が飽和してくれば、従来の型から外れたものをつくろうとする異分子ができはじめるんですよね。
その作品が、すこしでも話題になったり、「いつものWebtoonと違うぞ?」と見出されて話題になったりすれば、もしかしたらこれまでWebtoonを目に止めてこなかったマンガ好きの人たちも、この輪のなかに少しずつ入ってくるかも……と考えています。そうすれば、その人たちに向けた多様な作品が、新たに生まれていくこともあります。
目の前で起ころうとしている変化を、体感できるというのはおもしろいですよね。
三木:
そうですね、おもしろいと思います。
そもそもWebtoonはまだ、イロモノとして見られている傾向もあるんじゃないかと思っていて。
ただいまでこそマンガは市民権を得ていますが、考えてみれば、昔は同じようなものだったと思うんですよね。
たとえば僕が子供の頃でいえば、マンガは頭の悪いやつが読むもので、さらにいえばバカになるから読むなと本気で言われていました。
ただあらゆる出版社がマンガをやりはじめて、"マンガ大賞"なども開催されるようになると、マンガにカルチャーができてきた。そうすると、お仕事マンガとか裁判マンガとか、高尚なものもつくられはじめて、人が集まりはじめたんですよね。
おそらくWebtoonもここから数年で、その流れがくる。
2022年から激しい戦いがはじまると思いますが、ここに乗り遅れるよりは最初から殴り合いに参加した方がおもしろいんじゃないかと思っています。
これだけ世界的に盛り上がっているにも関わらず、これまでなぜ日本では企業の参入があまり進んでこなかったのか気になりました。
前田:
Webtoonは、従来のマンガとは異なった制作体制が必要なんですよね。ここがおそらく企業の参入が積極的に進んでこなかった大きな要因だと考えています。
萩原:
これまでは編集者と漫画家、二人三脚でマンガをつくるのが一般的だったんです。
ただWebtoonは「フルカラー」が前提のため、週刊連載をしようと思うと、従来の方法では対応が難しい。
そのためすべての工程を分業する「スタジオ型(※)」の制作体制を導入する必要があります。ここにはオペレーションにおけるノウハウが必要で、相応のコストもかかるため、大きな参入障壁になっていると思います。
(※)スタジオ型ではプロデューサーである編集者のもと、「原作」「ネーム」「線画」「着彩」「背景」「仕上げ」すべての工程が別のクリエイターによって手がけられる。
ソラジマCEO萩原鼓十郎
三木:
これまで日本のマンガって一人のマンガ家さんが最後までつくりきる、才能だよりの面が大きかった一方で、Webtoonは集団作業による総合力でのエンターテイメントの傾向が強いですよね。
実際にどんな良い企画や脚本があっても、弱いスタジオでつくると作品として良いものにはならない。ある意味Webtoonは、アニメーションの制作に近いと思っています。
前田:
それはすごくわかりますね。
僕らも早くからWebtoonに参入し、1作目からヒットを出せたのも、YouTubeアニメの制作を社内で行っていたことが大きいと思っています。
もともとアニメの制作でスタジオ型の体制ができていて。積み上げていたノウハウを、ダイレクトに展開することができました。
ソラジマCOO前田儒郎
ストレートエッジ×ソラジマのタッグで、まだ見ぬWebtoon作品を
2021年12月、三木さんはソラジマへの出資を行いました。ぜひその経緯や背景について伺わせてください。
三木:
そもそも最初はストレートエッジの問い合わせフォームに、萩原さんが連絡してきたんですよね。「ちょっと話したいんですけど」って。とても怪しそうな感じでした(笑)。
僕そういうのすごく好きなんです。怪しいやつがなにを僕に話しにきたのか、聞きたいんです。
あと当時はまだソラジマさんはWebtoonをやっていなくて、YouTubeアニメの制作を行っている会社と書かれてあって。そういう新しいメディアでがんばってる人の意見を聞きたいというのもあって、実際に会ってみたんですよね。
そこで色々話をしまして、実際に出資しようと思った背景としては、ソラジマは会社組織なんですけど、どこか作家気風みたいなのを感じたんです。
ソラジマさんの印象としては、「あんまり言うことを聞かない」とか、「こういうことをやりたいとすごい夢を語る」とか、「有言実行しようとするがんばりがある」とか、「全体的に危うそう」とか……なんか作家っぽかったんですよね。これはもちろん褒め言葉です(笑)。
萩原:
ありがとうございます(笑)。
三木:
僕もこれまで20年以上、編集者として作家さんと付き合ってきたのもあって、そういう人たちを応援したいと思っているんです。作家さんのがんばりが世に出たときって、作家さん自身もうれしと思うんですけど、僕もすごくうれしくて。
なので純粋に、この人たちのつくるものを手伝いたい、と思ったのが出資の理由ですね。
ありがとうございます。最後に伺わせてください。今後Webtoonにおいて、三木さん・ストレートエッジさんと、ソラジマの協業されるような可能性はあるんでしょうか?
三木:
もちろんそれはありますね。
僕らはライトノベルの編集者なので、原作のシナリオ開発が得意分野だと自負しています。
ただ僕らはそれ以降のスタジオ機能を持っていないんですよね。
ソラジマさんはすべての機能を一つの会社で持っているので、僕らが持っていないところをお借りして、一つのWebtoonをつくってみるとか、そういった取り組みができればおもしろいなと思っています。
萩原:
さきほど三木さんもおっしゃっていましたが、来年か再来年か、いまウケているテンプレじゃない作品が求められるタイミングがくると思っています。
そこが僕らの一つの壁になるんだろうなと思っていて。そのタイミングを見越して、ぜひストレートエッジさんの原作のシナリオ開発の力をお借りして、ご一緒できればと考えています。
前田:
もうすでに韓国ではこれまでのセオリーから外れた作品が、ウケはじめてるんですよね。
おそらく日本でも、これだけ一気に企業が参入してきたら、潮目もすぐに変わっていくだろうなと思っています。
やっぱりソラジマは、そうした独自の作品を生んでいく力がまだ弱みだと思っていて。そこに仕掛けていくタイミングで、ぜひご一緒させていただきたいですね。
最後まで読んでいただきありがとうございます。